2 東京高裁判決
          
 ・問題はとうとう卒業生を含む県民の住民監査請求になり、住民訴訟にすすんでしまいました。
 一審(甲府地裁)は不十分なものでした。東京高裁は判決の中で一定の判断を示しました。 


           東京高裁判決(確定)


17年(行コ)第232号 日川高校「天皇の勅」損害賠償請求控訴事件〈原審・甲府地方裁判所平成16年(行ウ)第3号)
平成18年3月6日口頭弁論終結

           判        決

     控   訴    人             略  
     17名訴訟代理人  弁護士     遠 藤 比 呂 通
     被  控  訴  人 山梨県知事  山 本 栄  彦
     訴訟代理人      弁護士      田 邊      護
     指 定 代 理 人             略

           主         文

      1 本件控訴を棄却する。
      2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

          事 実 及 び 理 由

第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,鶴田正樹,数野強,渡辺彬,志村洸,金丸康信,内藤いづみ,曽根修一及び井上一男 に対し109万4715円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ。

第2 事案の概要
1 本件は,山梨県民である控訴人らが,「山梨県立日川高等学校(以下『日川高校』という。)の教職員が,平成14年度の教育活動として,同校の生徒に対し,『天皇(すめらのみこと)の勅(みこと)もち勲(いさおし)立てむ時ぞ今』という一節を有する同校校歌(以下『本件校歌』という。)を指導したことは,憲法及び教育基本法の教育理念に著しく反し,教育活動として違法であるから,校歌指導のために費やされた教職員の人件費及び学校運営費の支出も違法であり,同年度における同校の全教育課捏(カリキュラム)の時間のうち本件校歌のために費やされた時間(117分)の割合である0.18パーセントに相当する同年度の教職員の人件費及び学校運営費の一部109万4715円の支出は違法な公金支出となる」などと主張して,山梨県知事である被控訴人に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,平成14年度当時の日川高校長であった鶴田正樹,山梨県教育長であった数野強,同教育委員会委員であった渡辺彬,志村洸,金丸康信,内藤いづみ,曽根修一及び井上一男に対して,前記違法な公金支出相当額の損害賠償金とその遅延損害金の支払を請求することを求めた事案である。原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却した。
2 争いのない事実及び争点(当事者双方の主張を含む。)は,当審における控訴人らの主張として3のとおり加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2事案の概要」の2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 当審における控訴人らの主張
 〈1) 地方自治法242条の2第1項4号所定の住民訴訟について,当該職員の財務会計上の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られる,とする見解は誤りである。支出原因となる行為,財務会計上の行為の前提となる行為が違法であるなら,公金の支出などの財務会計行為も違法となり得るからである。したがって,教育における財務会計について,仮に支出の前提となる教育内容,教育課程に違法があるとすれば,それを支える財務会計(運営費,人件費等の支出)もその違法性に基づいているというべきである。
 本件校歌中の本件歌詞にいう「天皇の勅」とは教育勅語を指すが,教育勅語の精神とは,統治権を総らんする天皇の神聖不可侵性や祭政一致を建前とする明治憲法の天皇制の基本思想と密接不可分の関係にあり,現行憲法及び教育基本法の精神と相容れない。このような本件校歌を教育課程に取り入れて,教育したことは明らかに違法というべきである。
 (2) 控訴人らの請求は,違法な校歌指導による教育課程部分が日川高校における教育課程を実施するために費やした公費総額(平成14年度の日川高校の一般会計支出済額及び給与・職員手当の合計額は6億817万5094円)の0.18パーセントに相当する109万4715円の支出であると特定している。本件校歌指導は,総体としての学校運営の中で,チームプレーとしての行為になる(個人プレーはあり得ない。)のであって,上記指導の分の財務支出を個別に特定することは性質上不可能である。このような場合の特定の程度は,教育課程の総時間に対する時間の割合として算出することが合理的であり,本件においては,上記程度の特定で十分である。
(3) 本件校歌は,先の戦争遂行に精神的に寄与したものであり,これを今日に至っても生徒に強要するのは到底許し難く,教育を政治や戦争の道具にしないためにも,本件歌詞は廃止されなければならない。また,山梨県民の中には,アイヌ民族,在日韓国・朝鮮人や中国人などかつて日本の侵略の被害を受けた人々もおり,このような人々も山梨県民であれば,地方税を納めて山梨県の公費財政に貢献している。本件財政支出は,このような人々にも苦痛を与えるもので全く不当な支出である。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの請求は理由がないから,これを棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
2〈1) 地方自治法242条の2の定めに基づく住民訴訟は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え,もって,地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである。そして,同法242条の2第1項4号が定める当該職員に損害賠償の請求をすることを執行機関等に求める訴訟は,このような住民訴訟の一類型として,職務上の義務に違反する財務会計上の行為をした職員に当該行為に対する個人として損害賠償義務の履行を請求することを当該団体の執行機関等に求めるものである。したがって,当該職員の財務会計上の行為をとらえて上記定めに基づく損害賠償責任を問うことができるのは,これに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,上記原因行為を前提としてなされた当該職員の財務会計行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであると評価することができる場合に限られるというべきである。
 (2) もっとも,先行する原因行為に重大かつ明白な違法が存する場合やそれが著しく合理性を欠き,そのためにこれに予算執行の適正確保の見地から,看過できないような瑕疵が存在すると認められるときは,予算の執行機関として予算の適正確保を図るべき立場から,相当な範囲で処分の瑕疵等の解消に努めるべき行為義務を負うことがあり得ると解される。このような場合には,前提となる原因行為の違法性を承継することによって,当該職員の財務会計行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものと評価されることもあり得ると解すべきである。
 〈3) 本件において,本件人件費については山梨県教育長であった数野強が,本件運営費については日川高校長であった鶴田正樹が,それぞれ財務会計上の行為を行う権限のある職員に該当することは,弁論の全趣旨に照らし明らかである。
 (4) 控訴人らは,「本件校歌中の本件歌詞にいう『天皇の勅』は教育勅語を指すが,教育勅語の精神とは,統治権を総らんする天皇の神聖不可侵性や祭政一致を建前とする明治憲法の天皇制の基本思想と密接不可分の関係にあり,現行憲法及び教育基本法の精神と相容れず,このような本件校歌を教育課程に取り入れることは明らかに違法というべきで,違法な校歌指導に当てられた時間は日川高校の教育課程における全時間の0.18パーセントに当たるから,日川高校における教育課程を実施するために費やした公費総額の0.18パーセントに相当する109万4715円の支出は違法である」旨主張する。
 〈5) 確かに,本件歌詞における「天皇の勅」が教育勅語を指すのかどうかを措くとしても,本件歌詞が国民主権,象徴天皇制を基本原理の一つとする日本国憲法の精神に沿うものであるのかについては異論があり得るところであって,本件歌詞を含む本件校歌指導を教育課程に取り入れることの当否についても,十分な議論が必要であるということはできる。しかし,仮に,本件校歌を教育課程に取り入れることが違法であり,違法な校歌指導のために,教育課程の一部が費やされたとしても,その全教育時間に対する割合は,控訴人らも自認するように0.18パーセントに止まるのである。そうであれば,上記指導の違法を理由として,その教育課程に全体として重大かつ明白な違法があるということはできないことが明らかであって,原因行為の違法性が承継されて,公金の支出自体が違法となるとの前記議論を適用するための前提を欠くといわざるをえない。
 また,本件運営費,本件人件費の支出については,その性質自体からみても,本件校歌指導に関わる部分を特定することは不可能であり,控訴人らもこれを直接的に特定することをしないで,専ら時間的な割合だけを根拠に,全支出の0.18パーセントが違法な公金支出となると主張しているのである。しかし,公金支出の前提となった原因行為のごく一部につき違法があることを理由に,一体としてなされた支出行為(財務会計行為)自体を違法であると評価することは,割合的に違法であると評価することを含めて,できないというべきである。なぜならば,当該公金の支出(財務会計行為)が性質からして一体として行われる以上は,その前提となる原因行為のごく一部に違法があったとしても,違法部分に対応する支出を特定することはできないのであって,当該財務会計行為者は,当該支出行為の全部はもとより一部についても,これを行わないこととする余地はないのであり,また,事後的にも,その支出行為について割合的な違法評価をすることはできないものというべきだからである(前提となる原因行為に関し違法部分が大きいときに,同じ議論になるかどうかは,しばらく措く。)。
 控訴人らの上記主張は,原因行為のごく一部の違法によっても支出行為自体が割合的に違法となることを前提として,支出総額のうちその割合分が違法支出となるというものであって,採用することができない。
 (6) そうすると,本件人件費について数野強が,本件運営費について鶴田正樹が財務会計法規上の義務に違反してこれらの各支出をしたとは認められない。また,控訴人らが損害賠償請求をするように求めているその余の対象者については,財務会計上の行為を行う権限を有する職員であることを認めるに足りる証拠はない。

3 まとめ
 (1) 以上によれば,控訴人らの請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰する。
 (2) よって,原判決は結局において相当であり,本件控訴は理由がないから棄却する。

  東京高等裁判所第5民事部
      裁判長裁判官     小    林   克   巳
         裁判官       片    野   悟   好
         裁判官       小 宮 山   茂   樹

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