また、現在では当然な事となっている種なし葡萄の栽培を世界で最初に成功させたのが春日居町である。
平安時代中ごろの文献によれば、当時甲斐国には山梨・八代・巨摩・都留の四郡があり山梨郡は今の石和・春日居・一宮などを中心に狭東の盆地一帯を指していた。この山梨郡の由来となった山梨岡神社が春日居町にある。(山梨県の県名の由来でもある。)
この一帯には、物部(もののべ)神社・守の宮(もりのみや)明神・甲斐名神社、国分寺跡といわれる寺本廃寺塔跡等があり、また地名に国府・寺本・鎮目・加茂等がある。
国府と言うのはわが国の古代、つまり律令制国家の下にあって、諸国に置かれた国庁とそこをめぐる地方的政治都市の総称である。春日居町の国府は文字通り国庁の跡を示すものであることは間違いない。また鎮目は、国府の軍兵が置かれた国の鎮めである。
甲斐の古代(奈良時代)の政治的中心地は、春日居町に有ったのであり、甲斐と山梨の古い地名が、狭東のこの付近に発生しているのは、この付近が国の律令国家体制が進む以前から、文化水準が高かったことを示している。
また、春日居町一帯には、西から甲府の桜井に150基以上の積石塚古墳群が在り、春日居町から山梨市にかけ50基以上の春日居古墳群が在る。これらの古墳には渡来人築造説、付近の山に巨石が多いことから環境自生説などがある。
春日居町は、明治7年に賀茂、寺本、熊野堂、別田、桑戸、小松の六カ村を合併し春日居村が誕生した。村名は賀茂地区にある賀茂春日神社が起こりとなっている。明治8年に下岩下村を合併し、昭和32年に石和町に合併していた岡部村の国府、鎮目、徳条の三集落を編入し現在の行政区域となった。昭和44年に町制を施いて春日居町となり現在に至っている。
その他、明治39年に兜山が春日居村地籍に決定した。太平洋戦争中の昭和20年には鎮目、寺本、鎮目地区が空襲により被害を受けた。昭和29年に国鉄別田駅が業務を開始し、平成5年に名称をJR春日居町駅に変更した。昭和40年に村営温泉湧出。
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