京都


English




京都に来てからの年月を振り返る時、きまってたどり着く風景がある
空の青さがあまりにきれいだったこの前の日曜日も
てくてく歩きながらそのことを考えていた

それは覗けばすぐ光が見えてきそうなトンネルで、私が両親や兄と暮らした町にある。
そのころ女子高校生の私は、友だちに言われたことをくよくよ気にするような女の子だった
それでも交換日記をしたり、演劇に首をつっこんだりしたところを見ると
悩める自分にニンマリするタイプだったのかもしれない

紺色のスーツに革カバンを下げて、短い坂を下って登ればもう学校だった。
男の子とコトバを交わす機会がなく、
「異性とうまくつきあう方法」など身につくはずもなかった。
そんなふうだから、たまに買い物や映画を見に駅前まで出かけて、
男の子が、向こうから歩いてくると、手や足や視線までがロボットみたいにカチンコチン
私の世界には私しかいなかった。

そして夜には、一人耳をすまして、
だんだん近づいてくる汽笛の音を闇のむこうまで追いかけていた。
「きっといつかあのトンネルを抜け出よう!」
その風景は私の中で少しずつ鮮明になっていった。

スニーカーの下で落ち葉がカサコソ鳴っていた。

竹林にはさまれた急な坂道を登りつめ、ふーっと大きく息をした。
こうして今、私はここにいるんだな、と思った。

分かれ道はいくつもあったはずだ。
あのまま大学と寮生活を続けていたら..........
岩国や沖縄の米軍基地を金網越しに見ることがなかったら..........。
カリフォルニアでコミューナルライフ(ゆるやかな役割分担を模索する共同生活)を求める女や男たちと出会わなかったら.........
そのたびに、こうするしかないんだと選んできた道だけれど
ひとりよがりだったなと思うことも少なくない

あのトンネルを抜けるときに、母がもたせてくれた柳ごおりと蒼いカバンが、そんな私をずっと黙って見つめている

ねえ、ちょっと聞いてもいいですか? 
「私の世界に、いまは、たくさんの愉快な顔がうつっていますか?」

37歳の日記


アクセス プロフィール 展示 陶芸教室 WeBLOG 夢・配達人 ギャラリー