■「ヨンパチ」に情熱注ぐ 

    家業継ぎ 自然味方に目指す「釜炊きの香り」

 通称「ヨンパチ」。北杜市武川町に広がる扇状地で作られる米、農林48号に小沢義章さん(64)は、20年以上にわたり、力を注いできた。

 鮮明に覚えているのは子供のころ、「朝、布団で目覚めたときの香り」。釜で炊きあがったご飯のおいしさが伝わってきた、という。

 1949年に品種改良から生まれた農林48号は、「武川筋」と呼ばれる旧武川村の一帯で、広く栽培、収穫されてきた。富士川の支流が交わる同地区の土地は、豊かな水と栄養分を蓄えた土砂に恵まれ、まさに「ヨンパチ」の好適地だった。

 粘りがあり、食味の良い米。だが、病気や冷害に弱いため、61年に県の奨励品種から外され、主流はコシヒカリへと移っていった。そんな中、同地区では「武川米」として、一部の農家が「ヨンパチ」を大切に守ってきた。

 会社員の生活も経験した小沢さんは、仕事で全国各地を回り水田を見るたびに、耕作放棄地が増える故郷を思い出し、実家の農業を継いだ。「土地が荒れるのが一番つらい」。農業を始めて心に決めたのは「環境に逆らわず、自然を利用する」ことだった。

 「100%とはいわないが」有機が主体。堆肥(たい・ひ)は籾殻(もみ・がら)と鶏ふんを混ぜて作る。県が認証するエコファーマーの資格を持ち、今は6ヘクタールの水田のうち6割で「ヨンパチ」、4割でコシヒカリを育てている。

 近年、収穫量は少ないが食味の良い「ヨンパチ」が、雑誌などで取り上げられ、注目されるようになった。都留市上谷4丁目の石川米穀店は、「武川米専門店」を掲げ、「幻の米」として「ヨンパチ」を販売している。

 店主の石川和弘さん(47)は、「希少性が高く、本当においしい米を扱い、差別化を図りたい」と、04年度から本格的に「ヨンパチ」で勝負をかけた。小沢さんの米も全量を買い取っている。

 「食べてみたい」と、全国から注文が入るようになり、06年には2千俵を保管できる低温倉庫を造った。インターネットでも「ヨンパチ」について詳細に紹介。流通量が少ないため、同業者の購入も増えたという。

 小沢さんは今年、気温をみながら例年より10日遅く田植えをした。自然を味方につけて目指すのは、記憶の中の「釜炊きの香り」だ。

 石川米穀店に指名で注文が入るほどの評価を得た小沢さんの「ヨンパチ」。今年の収穫分から、大手通販業者にも一部を納入する予定という。
 その小沢さんに今後の夢を尋ねると、「米作りのプロになりたい」と、笑顔で答えた。

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          2008年8月29日 朝日新聞より抜粋