ふるさと発見 小さな旅

上野原町には、甲州街道の宿場として、上野原宿、鶴川宿、野田尻宿、犬目宿の四宿があり、江戸と甲信地方を往復する重要拠点として、また、甲斐絹を中心とした織物の町として人々の暮らしや経済を支え、栄えてきました。
 現在では、首都圏から50キロ圏内という立地的特性と道路・交通網の整備・発達により首都圏のベットタウン化が進み、その姿が急速に変化しつつあります。
ふるさとを訪ねて、甲州街道の宿場を歩いてみました。約15キロの道のりになります、ここには史実や伝説がいっぱい残っていました、中央高速道のため全くその姿を留めていない場所もあります。
 史実.伝説は、上野原町史(下)から引用しました。



神奈川県境からすぐの所に、諏訪番所 跡がある、鎮魂碑が建立してあり当時旅に疲れて、あるいは無実の罪の嫌疑でこの地で生涯を終えた人々のためなのか?少し町よりに歩くと船守寺と諏訪神社が隣接してある。さらに歩を進めて、町中に入る 山梨県郡内三大祭りで有名な牛倉神社がある。この神社の例大祭は毎年9月4日から6日の3日間行われ、4日の御輿渡御は「暴れ御輿」で有名である。町内の各自治会から数十基の御輿が繰り出して見事なものである。さらに西に進んで本町3丁目から上野原小学校に足をのばすと、ここには 天然記念物に指定されている大欅があり、大きな姿で子供たちの健やかな成長を見守っている。この学校から少し奥まったところに、曹洞宗保福寺がある。この寺は小説、中里介山の「大菩薩峠」に出てくる月見寺のモデルになったところであり、中里介山実筆の月見寺の書もある。
保福寺山門中里介山の碑

ここからまた3丁目に帰り、大和屋薬局の所から左側の路地に入る、ここが甲州街道の本筋である少し歩くと右側に、木食白道の井戸がある。 そのまま西に進むとやがて下り坂になり鶴川に出る、ここは鶴川の渡し場があったと言われている、川を渡れば鶴川の宿でこの入り口には大きな欅の木がそびえ立っている、同宿の上野山地内には昔の通行人が祀ってあると言われる墓石群がある。
鶴川宿の大欅 鶴川上野山の野仏

坂を登り大椚を通って長峰に出る、ここは昔長峰の池と言われる自然の池があり年中水の枯れることはなかったと言われています。ここには長峰の館跡があったと言われているが今は中央自動車道が通りその陰もないが、この近くに長峰の句碑 があり、ここから右手山奥に和見の七不思議の玉椿が見えると言う、野田尻宿に伝わるお玉井戸の伝説の池でもある。野田尻の宿を西に進み矢坪の古戦場跡を見て、犬目宿を通り恋塚に出る途中に恋塚の一里塚が完全な形で残っている、恋塚部落のはずれに石畳の昔のままの道の一部が残っていて往時のロマンを忍ばせている。
矢坪の古戦場跡恋塚の石畳