スペイン紀行

Vol 1 バルセロナ「サグラダ・ファミリア」

Vol 2 バルセロナ「グエル公園」・・・・

Vol 3 バルセロナ「アントニ・ガウデイの世界」

Vol 4 バルセロナ・つれづれ・・・

Vol 5 バレンシア・・・・

Vol 6 ドンキホーテの村ラマンチャ地方・カンポデクリプターナ

Vol 7 グラナダを歩く・

Vol 8 アルハンブラ宮殿とフェネラリフェ庭園・・・

Vol 9 白い街ミハスとピカソの生誕地マラガ???

Vol 10 コロンブスの大航海時代を今も残すセビーリ
      ャ

Vol 11 メスキータを中心とした町・コルドバ

Vol 12 中世の面影の残る街・マドリード・・

Vol 13 川と城壁に囲まれた中世の街・トレド・・

 


Vol 1 バルセロナ「サグラダ・ファミリア」

1882年、フランシスコ・デ・ビリヤルが計画に着手し、翌年、ガウディが2代目の聖堂建築家に就任。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
彼のれ構想は,聖堂は外観にイエスの「生誕」「受難」「栄光」の3つのファザード、また各ファザードは4本ずつ鐘塔をもち計12の塔が12使徒を表し、また4人の福音書家を表す4本の鐘塔、その交差部上にイエスとマリアに捧げる中央塔が建てられ、合計18本の塔が、そびえるという壮大なもの。完成しているのは地下聖堂と後陣,「生誕」「受難」のフアザードと8本の鐘塔となっている。
 完成まであと200年かかると言われています。
 才能を神に捧げた情熱の建築家「アントニ・ガウディ」のカタルーニャへの栄光が感じ取れる聖堂です。

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アルバムには「生誕」のファザード正面、「受難」のファザード正面及び堂内を
あらゆる角度より撮影したものを掲載しています。
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Vol 2 バルセロナ「グエル公園」

「世界遺産」
 
ウディのパトロンであった、エウゼビ・グエルと協同で、ガウディが初めて取り組んだ都市開発で、15万uの土地に60戸の住宅を建設する予定だったが、失敗に終わり美しい公園が残された。
 色とりどりの陶器の粉砕タイルで埋め込まれたモザイクのベンチ、トカゲの噴水などはガウディ空間を生み出している。

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アルバムには「正面噴水」「回廊」「広場」「広場の地下」「管理棟」
等をあらゆる角度より撮影し掲載しています。・・・・・・・・・・・・
正面

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Vol 3 バルセロナ「アントニ・ガウデイの世界」

 アントニ・ガウデイは1852年カタルーニャ第2の都市レウスで生まれ、バルセロナ建築学校に入学した

苦学生であったガウディは、複数の建築事務所をかけもちして、建築家の助手として早くから現場での実践を積んだ。
 卒業後、後にパトロンとしてガウディを生涯支え続けたバルセロナの新興ブルジョアジー、エクゼビ・グエルに認められ、斬新なデザインと構造美をもつ作品を発表し、建築家としての地位を確立する。
 晩年はサグラダ・ファミリアの建設にすべての情熱と時間を捧げた。
 ガウデイの建築等作品は、サグラダ・ファミリア(現在も多くの建築家が参加している。)以外にグエル邸(世界遺産)、カサ・ミラ(世界遺産)、カサ・カルベット、グエル公園(世界遺産)、カサ・バトリョ、レイアール広場の街灯が良く知られている。

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Vol 4 バルセロナ・つれづれ

 バロセロナは1992年のオリンピック開催で一躍有名になりました。地中海に臨む開港都市であったため、その歴史的な中世の時を止めた古さと開放感に満ちた近代的な明るさとが渾然一体となり、これからも動き続ける予感を思わせる都市です。

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Vol 5 バレンシア

 バルセロナ郊外からバレンシアへの高速道路添いには延々と続くオレンジ畑・・・そう、バレンシアはかの有名なオレンジの産地でした。
バレンシアの数少ないカテドラルなどの紹介です。

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Vol 6 ラドンキホーテの村
マンチャ地方カンポデクリプターナ

 「カンポデクリプターナ」はドンキホーテが巨人と見間違えて、風車に1人戦いを挑んだシーンで知られた素朴な村。丘の上には10基の風車が並んでいて、丘の入り口にある2基のうち、右側がインフォーメーション、左側が内部が見学できる風車。

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Vol 7 グラナダを歩く

 「グラナダ」は、イベリア半島でのイスラム勢力終焉の地で、華麗なイスラム文化と質実なカトリック文化が混沌とした古都です。
781年間にわたるイスラム支配の影響は、アルハンブラ芸術の粋を極めた姿を今に残すアルハンブラ宮殿のみならず、この古都の至るところに色濃く残されています。

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Vol 8 アルハンブラ宮殿とフェネラリフェ庭園

 アルハンブラ宮殿の美しさは人々を魅了し、「閉ざされた楽園」とも形容されるこの城を後世に残したのは、イベリア半島最後のイスラム王朝、ムハメッド1世のナスル王朝。
 アルハンブラとは「赤い城」という意味で、これは城が立つサビカース丘陵の赤土に由来している。この城は、戦のためのものでは無く、現世での享楽を刹那的にやい求める王宮だった。
 13世紀前半にムハメド1世によってこれまで有った城壁(アルカサバ)の補修・拡張から着手されたアルハンブラの造営は、ナスル国治世の役250年間もの歳月をかけて歴代のイスラム王によって改築・増築が繰り返されてきた。特に第7代ユスフ1世とその子ムハマンド5世の時代のときにできた王宮は、華麗を極めた。
 アルハンブラ宮殿には、政権交代により前代の王が建築したものを破壊し、再建築が行われたりしてきたが、その陰には王たちの熾烈な政権争いや、王位継承を巡って正妻とハーレムの愛人との間で嫉妬・憎しみ・駆け引きなど人間臭いドラマがあり、その歴史の一つ一つが建物に閉じ込められている思いが今も感じられる。

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Vol 9 白い街ミハスとピカソの生誕地マラガ

ミハスは小さな白壁の家並みが素朴なまま残されており、街内には情緒あふれる石畳の坂道や階段が多く、歩いて廻るのが楽しい。
街の中央広場から坂道を登って行くと展望台があり、青く美しい地中海が見渡せ、気象条件によってジブラルタル海峡の向こうにモロッコを見ることも出来る。
アンダルシア地方の地中海岸、コスタ・デル・ソル(太陽の海岸)までのアクセスもよい。
また、マラガはピカソの生まれた町でもある。

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Vol 10 コロンブスの大航海時代を今も残すセビーリャ

セビーリャは、今も大航海時代の栄光を伝えるアンダルシア最大の都市です。
また、ビゼーの「カルメン」、ロッシーニの「セビリアの理髪師」の舞台として、更には画家ベラスケスやムリーリョの生まれた地としも知られる。

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 Vol 11 メスキータを中心とした町・コルドバ

中世ヨーロッパのイスラム世界の中心地として栄えたコルドバは、支配者がめまぐるしく移り変わった背景を今も残している。
白壁に細い石畳の小路が続く旧ユダヤ人街の家々のパティオは花々で飾られ、エキゾチックな街並みに彩りを添えている。

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 Vol 12 中世の面影の残る街・マドリード

1561年、フェリベ2世がトレドから首都を移して以来、国政の中心として、また繁華街として、さらには数々の美術館が所有する質の高い芸術品の宝庫として、我々を魅了する中世の面影を残した素晴らしい都市である。

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Vol 13 川と城壁に囲まれた中世の街・トレド

トレドは、タホ川に囲まれた約2Kmの小さな岩山にあり、かってスペインの首都として繁栄した古い都市で、ここにはキリスト教・ユタヤ教・イスラム教の入り混じったスペインの歴史が凝縮された独特の雰囲気を感じさせるものがある。

また、エル・グレコが創作意欲を駆り立てられ、愛した街でもり、このため、トレドの街にはエル・グレコの作品があふれ、「サント・トメ教会」「カテドラル」「サンタ・クルス美術館」「タペラ教会」なとで、その作品に出会うことができ、今もエル・グレコの家が残されている。

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