
日川高校「天皇の勅」校歌訴訟県民の会 開設 2007年10月27日
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2011.12.31更新
「山本昌昭先生追悼 と 新たな決意」
山本昌昭元日川高校校長先生が、2011年12月17日に亡くなられました。満84歳でした。卒業生として、また校長として、日川高校の長い歴史の中で唯一人、校歌の改定を公言し、それに向けて踏み出された方でした。その試みは大きな圧力の中で果たせないまま、先生は日川を去られました。先生はその後も思いを持ち続けられ、私たちの「日川高校校歌問題」に対する取り組み、そして裁判へと終始関わられ、大きな存在感を示してくださいました。「日川高校校歌が国民主権、象徴天皇制を基本原理とする日本国憲法の精神に沿うものであるかについては異論があり得る」、「日川高校校歌を含む校歌指導を教育課程に取り入れることの当否については、十分な議論が必要である」との東京高裁の判決については一定の評価をされ、学校当局がそれを真摯に受け止め、誠実に対応することを期待しておられました。山本先生らしい誠実な姿勢であったと思います。しかし、終始「議論の場」を拒絶する学校当局の対応に、先生は無念の思いをなされておられたことでしょう。「日川高校校歌」の改定に向けて共に歩んできた「県民の会」として、先生の提言に応えるべく新たな決意を感じております。先生の思い、私たちの思いは、きっといつか実現すると信じています。どうぞ、安らかにおやすみください。
日川高校「天皇の勅」校歌訴訟県民の会
山梨県立日川高等学校校歌 作詞 大須賀乙字 作曲 岡野 貞一
一 天地の正気甲南に
籠りて聖き富士が根を
高き理想と仰ぐとき
我らが胸に希望あり
二 至誠の泉湧き出でて
流れも清き峡東の
水に心を澄ましなば
未来の夢は輝かむ
三 質実剛毅の魂を
染めたる旗を打振りて
天皇(すめらみこと)の勅(みこと)もち いま歌っている校歌なのに
勲(いさおし)立てむ時ぞ今
おかしくない?
四 猛き進取の調もて
歌う健児の精神は
白根が嶽にこだまして
何時の世までも轟かむ
メニュー T 日川高校校歌問題とは
U 東京高裁判決
V 議論の場
Vー1
問題追及 「開き直る学校・同窓会」 同窓生・原告 河西久 パートT 1〜11
問題追及「開き直る学校・同窓会」パートU 12〜
13 同窓生討論:「天皇を中心とする神の国」の終わりなき報恩戦争(下) を新たに加えました。
Vー2 意見交流 これまでいただいたお便り、ご返事を掲載しています
Vー3 反 響 反響として雑誌や催し、HPなどで取り上げられた紹介です。
W 関連資料より
1 裁判資料 意見書 北村小夜