ご意見 B
河西 久 様
本年もよろしくお願い申し上げます。
私は、昨年の高生研関ブロ集会の交流会で、河西さんに質間した者です。不躾な質問で、やや誤解を招いたところもあったと思いますし、また失礼に及んだところもあったかと思いますので、改めて私が質問したかったこと(というより、主張したかったこと)を整理して申し上げたいと考え、お手紙を差し上げる次第です。私は日頃から河西さんの行動には敬意を持っており、私がその立場におかれたら、河西さんほどの徹底した行動はとれなかったであろうと思っています。それを前提として申し上げたいと存じますので、突然この手紙を差し上げたことともどもご海容いただきたく存じます。
私が、「なぜ校歌を問題にするのか」と質問したのは、同窓生が校歌を問題とする場合は「愛校心」にもとづいて問題とすべきではないのか、そういう形式をとるべきではないかと主張したかったからです。校歌のそれ自身の是非を憲法という視点から検討するのではなく、現代を生きる日川高校生(即ち後輩)が、その歌を歌うことによって現代を生きる勇気が与えられるのか、その歌は21世紀を生きる日川高校生にふさわしいのか、という点から問題にされねばならないと考えるからです。両者は結局一致するとも考えられますが、提起の仕方により同窓生への影響は大きく異なると思います。決して歴史認識から出発すべきではないと考えます。要するに現代の校歌はどうあるべきかとポジィティブに提起すべきであって、この歌詞では憲法上許されないという形のネガティブな提起はすべきでないと考えます。この視点に立つとき、伝統だからという主張は、それは一部の同窓生の利己的な懐古趣味であって決して本来の愛校心によるものではない、現在の日川高校生が未来に羽ばたくためには利益にならない、という主張がはじめて可能となるはずです。
ところが、「ほんとうの愛校心はだれが持っているのか」という同窓生間の、或いは生徒・教員間の愛校心の争奪戦とすべきところ、校歌の歌詞に批判的な外部の者が加わることによって、さらに裁判という校外に存在する司法権力の使用をはかろうとしたことにより、校内・同窓会内の問題から、校外のものがよってたかって日川高校にダメージを与えようとしているとうけとられる状況に変質しているのでないでしょうか。外部のものによって日川高校が包囲されているという図式です。このような状況の中で河西さんたちの運動に加担することは、日川高校に対する裏切りであるという意味を持つようになり、河西さんたちから運動への協力を求められることは、とても「困る」という事態に至っています。内部の愛校心問題から、外部の歴史認識を問題とする勢力と日川高校・同窓会内部の愛校心勢力の対抗に問題が変質している以上、河西さんたちの運動への協力はそのように位置づけざるを得なくなっているのです。
一人であっても、「歴史認識上、正しいことは正しい」と主張しなくてはならないし、実際そのような場面はあります。しかし、果たしてこれをすべての人に要求できるでしょうか。現実の状況は、これはすべての人に「戦士」であることを求めることと同様な意味をもっています。河西さんたちの運動への参加は何だか踏み絵を踏むような(踏まないような?)決断を求められるように思います。
考えを充分整理しきれていないのですが、私たちの運動は誰でもできる大衆的なものでなければならないと思います。失礼な言い方ですが、河西さんたちの運動の展開の仕方は、味方を孤立させ、敵を団結させるような面があるのではないかと思えます。それは「歴史認識」を問題とすることに象徴されています。
大半の同窓生にとっては「天皇の勅」という歌詞は大きな意味をもっていないと私には思えます(現実に同窓生に戦前のような天皇主義者が多いとは想像できません。田辺国男元同窓会長であっても同様ではないでしょうか。現実社会でこのような特殊な天皇主義を振り回すものは異端者であり、通常の社会生活を送ることは出来ないでしょう。)問題は、たいした意味を持っていない校歌の歌詞に異を唱える者は、日川高校に汚らわしい非難を投げつけ、日川高校の存在意義を否定する愛校心に欠ける者たちである、というイメージが共有されているらしいことではないでしょうか。本来は天皇主義を主張する者たちが孤立し、それを批判するものが大多数となるべき状況が、全く逆になっていることは、地域の特殊性があるでしょうが、河西さんたちの運動がボタンを掛け違えているところがあるのではないでしょうか。
私は事態の推移と困難の状況の発生の理由を以上のように捉えています。外部から見ているので、とんちんかんなところも多いと思いますし、事態の本当の姿が見えていないかもしれません。
現在の校歌の歌詞が、戦後変更されなかったことは驚くべきことです。これは地域的な特性にもよるのでしょぅか。国会議員の広瀬久忠の反動的な役割も大きかったと思いますが(この影響は全国的なものであると思います)、田辺国男が同様な主張を持っていたとは思えません。また地域や同窓会が天皇主義で凝り固まっているとは到底思えません。現在、もし一部の政治家に連なる同窓生を中心とした地域支配システムのようなものが、それは暴力的なものを含むようですが、存在しているとしても、日川高校校歌の歌詞の改定によってそのシステムが致命的な打撃を受けるとも思えません。おそらく、そのシステム自体も既に天皇主義から離れて現代化して存続しているのではないでしょうか。
ほかに気づいたことですが、日川高校の校歌練習の在り方は、旧制中学の伝統を引く高校などでは同様なことが程度の差はあれ行われていたと思います。これは、天皇制イデオロギーの注入というより、旧制高校の伝統をまねたものではないでしょうか。この旧制高校(恐らく寮)で行われていた「ストーム」という新入生の歓迎儀式は、もともとはイギリスなどの名門校の寮で行われていた儀式を模倣したものと思われます(ここでもリンチに近いものであったようです)。ようするに自分たちの仲間となるための儀式で、エリート集団の心情的結束を固めるためのものであったのが、日本の新制高校まで影響を残したというわけです。新制高校はエリートのためのものではないし、女子も入学しています。女子にとっては大いに迷惑でしょう。白川高校で激しい形で残ったのは、日川高校生が地域でエリートとして処遇されたことと対応しているのではないでしょうか。
以上が、私の主張したかったことを整理したものです。思い違いなども多いと思います。ご容赦ください。
2008年1月16日
一高校教師 より