斉藤政喜(さいとうまさき)  1961年3月25日長野県生まれ、体重65kg

学生時代に揚子江をゴムボートで下ったのがきっかけで、ライターになる。90年に東海自然歩道を歩く紀行文をビーパルで連載。ヒマラヤ帰りの歩く旅人だったので 、ペンネームが「シェルパ斉藤」となる。

95年には八ヶ岳山麓に移住し、自分たちの手で家を作る。
ふたりの息子と妻、2頭のレトリーバー(サンポ、トッポ)、そして猫のジッポとともに田舎暮らしを楽しみつつも、旅に明け暮れている。

いつ仕事をしているかわからないのに、肝心な時には、仕事と称していなくなる旅作家。趣味は薪割りと掃除。そして、夫婦でいく散歩。
家族からは「小うるさいことこの上ない」と評価が高い。
原稿がつまるとロードレーサーを駆って山へ行く(逃げる)。中越元気村に入れこみ、よくでかけて報告をしている。 新潟県中越ボランティアはこちら 
エリッククラプトン、U2、ブルーススプリングステイーンなどを聞いている


片桐京子(かたぎりきょうこ)   1959年7月1日神奈川県生まれ、体重50kg ♀   special essay
人気のエッセイ集を格上げしました

八ヶ岳暮らし7年目。建築士の免許を持つ主婦兼アシスタント。シェルパ斉藤で知られるバックパッカーの夫とふたりの息子、2匹の犬と1匹の猫とともに、仲間と建てたマシンカット・ログハウスに暮らす。

自称、ノーテンキなグータラ主婦。甲(生活工房)主催??。夫のアシスタントという名のもとに、時間をもらい、畑作り、木工作業、パンづくり、庭の公園化、朗読、原稿を書く(『夢の丸太小屋に暮らす』に2000年11月まで連載を持っていた)などもし、たばたの会(バドミントンと卓球を楽しむ会)、朗読の会「ほがらか」、朗読ボランティア「ロクボ」、西小おはなしおねえちゃんズ 野菜無人販売所「木金堂」などに参加。やってることは、金にならないことばかり。さらに、ジャズダンス、フラメンコも踊る。歌って踊れる朗読者を目指している。
 ただいま、店づくりに忙しいので、少し趣味を減らさなければと焦っている。


斉藤一歩(いっぽ)  1992年7月8日東京都生まれ ♂

名前の由来は、産まれた年に、父の初の単行本「213万歩の旅」が出たことによる。
動物、冒険、LEGOブロック大好きの小学生。遠くから歩いて帰ってきたので、「誰かに乗せてもらえばよかったのに。」という母に「お父さんの子だから。」と返す子。趣味は水泳、自転車、レゴブロック。

小学2年で父と初の自転車ツーリング。山梨の自宅から長野県穂高町の祖母の家まで106kmを2日かけて完走。 小学3年で、父とともに、第一回佐多岬マラソン大人の部20KMに出場し、181人中143位 2時間37分の成績を上げる。自転車日本縦断20日をやった父譲りの脚力を持つ。 小学5年夏は、父とともに、父の昔の自転車にのって282kmの自転車日本横断に成功。小学校六年で自転車九州縦断に成功(BE−PALに掲載)。中学一年で野辺山ショートマラソン10KM完走50分22秒。楽しく走ったよう。

高校に入ったら野田知祐さんとユーコン川下りにいくのを愉しみにしている。最近「野田モデル」のハーモニカを引っぱりだし、練習中。南歩と『ピアノマン』を演奏するのが夢。地方新聞に載った将来の夢に『電車で日本一周』と書いたので、親はがっくり。5才の時にやったじゃん、母と……。


斉藤南歩(なんぽ)  1998年1月19日山梨県生まれ ♂  
 

次男の前に、犬のニホとサンポが来てしまい、名前をどうするかは大問題。シホ、サンタ、ナンポなど、候補が挙がるが、ちょうどそのころ父が南米の最南端まで旅をした折り、開拓精神をもとに、グレートジャーニーを経て南へ南へ進んでいったモンゴロイドに逢ったことから、敬意を表しナンポに決定した。

保育園の運動会での初かけっこは、ゴール前であしぶみ。 お遊戯でも南歩の前は必ず大きく空いているくらい動きが遅い。 保育園年長の七夕に、「おとうさんはやくきてね」「かえるになりたい」と願いを書く、本当に困ったやつ。 1年のとき、やっと「レーシングドライバーになりたい」と言ってくれたが、2年になるとまた「かえるになりたい」に戻った。
小学校に入ったら、水泳、ピアノと積極的に始めた。いつまで続くやらと親は静観している。 野田さんが来た時、たまたま彼女が来ていて、ビーパルに書かれてしまった!!。
今は、ビリージョエルの『ピアノマン』『プレッシャー』を歌うのが大好き。


ニホ(ゴールデンレトリバー)  1995年6月10日大阪府生まれ、体重25kg ♀ 2004年9月24日没

●母から紹介
一歩が3才の時のクリスマスプレゼントとして、大阪から旅をしながらやってきた。「犬連れバックパッカー」に詳しい。当初愛人扱いだったが、サンポがきて、南歩が生まれて、ジッポまでくるとだいぶ格下げ。さらに、サンポの子までできて、トッポが仲間に加わったが、甥、姪の面 倒も良く見てくれた。ゆったりと我が道を行くニホは、野田知佑さんから「レディのようでいいね」と評価が高い。うれしいとその辺にあるもの、靴やタオルをかみしめざるを得ない癖がある。
兄弟会では、最も優雅に振る舞った。やはり、若い者の様にはしゃがず、ヒトにすり寄ってさわられていた。でも最も食い気があるのはニホかも。
●トピックス

2004年9月24日短い生涯を閉じた。


サンポ(ラブラドールレトリバー)    1998年3月25日東京都生まれ、体重24kg ♀
 

●母から紹介
我が家一番の甘えん坊。毎朝5時30分に、ひゅんひゅん甘えた声で起こすので、寝坊したいときには困る。靴には、興味がなく、散歩は主人の横が一番いい。さすが、六本木育ちのホステス犬である。食事よりボールの方が好きな犬は珍しいのではないか。散歩の時も全くひっぱらないので、幼児でも可。歩く姿の優雅さは斉藤家では随一。
(六本木での出会いにまつわる話は、くら出しエッセイNO7を読んでね)

トピックス
2002年12月18日、つきあっていたシーザーとの子を9頭出産し、ママとなった。2頭を亡くすも、子育ては万全で、2003年3月には6頭を里子に出し、一安心。一頭残ったトッポと姉のニホと穏やかに過ごす。少しは落ち着きが出てきたが、ボール遊びは相変わらずエンドレスである。
 兄弟会では、我が子に再会したのに冷静なサンポ。子供たちはもちろん、夫のシーザーに言い寄られても「フン!!」と退けた。 「やっぱり私は、お父さんのそばが一番いいのー」だそうである。


トッポ(ラブラドールレトリバー)  2002年12月18日山梨県のわが家で生まれる、体重23kg ♀

●母から紹介
3ヶ月で兄弟達と別れ、我が家の新参者だが、一歩、南歩には最も人気がある。
当然わが家一のいたずら者。干してある洗濯物をくわえて遊ぶ。届く限りのブドウの葉を食いちぎる。そして、夜のうちに柵を乗り越え、8kgのドッグフードの袋を開け、満腹になって動けなくなっていたときには、こっぴどく叱られ、靴箱の隙間に縦に入り込んでしばらく出てこなかった。
あまりにも滑稽だったので、また、いたずらして欲しいなあと思うのである。
← ご要望にお応えして、「ぼくはいませんよ写 真」を掲載します。
 ちなみに、千葉に行った兄弟のハッポも同じ事をやっちゃった。 →

●トピックス
5ヶ月で徳島の野田家に行き、海や川で泳ぎを覚える。ニホとサンポとともに、朝保育園に行って、みんなに遊ばれるのが大好き。
6ヶ月で父とのしつけ旅に出る。南八ヶ岳の天狗岳2642mに登頂。本沢温泉に入って下山。足腰ともに頑丈であり、今後旅犬としての活躍が期待される。
兄弟会では日頃鍛えた足を披露。ボール争奪では兄弟の中でも圧倒的早さを誇るが、持ってこない。サンポが代わりに持ってくる。

ジッポ(シャム1/2)  1999年6月15日山梨県生まれ、体重3kg ♂
 

●母から紹介  
3ヶ月の時に母がもらってきた。自立していて、きれい好きで、食べ物への執着がない我が家でもっとも美しく優れた生き物。父は大の猫嫌いで、猫アレルギーなのだが、今では、最も気に入っている。犬たちと一緒の時は、父の部屋にだけは入れてくれるが、家の中が大嫌いなネコ。サンポのことを母親だと思っている。

● トピックス

子犬が産まれてから、全く犬に近寄らなかった。子犬がジッポにちょっかいを出すようになり迷惑そうだったが、トッポ一頭になってからは、トッポとのバトルは異常なほど続いている。おかげでジッポの耳の毛はない。でもやっぱり、寝るときはサンポとべったり。トッポがいたずらで隔離されたときは、独り占めできて幸せそうだった。