| 本名・斉藤政喜(さいとうまさき) |
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以下、連載は赤字、
単行本か文庫本は青字、
テレビ・ラジオなどは緑色で示しています。
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1961年 1977年 |
1961年長野県に生まれる。男3人兄弟の次男。高校卒業までは田舎の坊ちゃんとし
て平凡に暮らしていたが、卒業を控えた冬に父が事業に失敗し、一家離散となり上京する。
以来、親から援助がない自立した人生を過ごす。 |
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| 1979年 | 新宿で新聞少年として働き、予備校に通
うものの受験に失敗し、翌年はジーンズシ ョップで働きつつ再度受験。夜間の社会福祉学部に20歳で入学する。 学生時代はアルバイトと旅の日々。もらった奨学金でオートバイを買い、日本全国 を野宿しながら旅する。生活費と授業料と旅の資金を稼ぐために学生時代は31職種 のアルバイトを経験。 |
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| 1984年 | 大学を1年間休学しオートバイでオーストラリアを走破する旅に出る。ところが最北端のケープヨークで交通 事故を起こし、右足骨折。北の島で3ヵ月間の 入院生活を送る。リハビリ生活を経て再びオートバイで旅し、8か月後に帰国。 | |||
| 1985年 | 骨折した右足を鍛えるために自転車で日本縦断。北海道から沖縄まで20日 間で走破。 | |||
| 1986年 |
大学卒業が迫るも自分が何をすればいいかわからず、その答えをみつける
ためにゴムボートで中国の長江を下る。全800km,40日間の漂流旅。 |
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| 1989年 | 89年〜91年東海自然歩道1343kmを踏破。ビーパルに紀行文として「東海自然歩道全踏破」を連載し、のちに 処女作『213万歩の旅』を小学館より出版。 | |||
| 1991年 |
11月、結婚。と同時にビーパルで「行きあたりばっ旅」連載開始。国内外で日本
野宿しながら奇想天外の旅を長きにわたって繰り返す。 |
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| 1992年 | 7月長男産まれる。このころからラジオ番組の出演が増える。TBSラジオ『RVクルージング』に3年半、レギュラー出演、ほかにFMヨコハマでは10時間番組のDJもつとめる。ただし、テレビ番組は嫌いで出演の話が来てもすべて断わる。 | |||
| 1995年 | 夏、東京を離れて自分たちで家をつくるために八ヶ岳南麓に移住。8カ月間か けてアメリカから輸入したキットのログハウスをつくる。家づくりの顛末は「夢の 丸太小屋に暮らす」と「ビーパル」に連載。のちに地球丸から『野宿の達人、家を つくる』を出版。 | |||
| 1996年 | 夏、排泄文化からアジアを斬る異色のルポを「週刊ヤングサンデー」で連載開
始。アジア各国を取材して回る。連載終了後、『東方見便録』として小学館より単
行本出版。マスコミ各誌で取り上げられ、アジアのトイレ評論家とも呼ばれる。 95年冬より、ゴールデン・レトリーバーの「ニホ」と暮らすようになり、日本全国をバ ックパッキングのスタイルで旅して回る。 |
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| 1998年 | のちの98年に小学館より『犬連れバックパッカ
ー』を出版。 1月次男産まれる。そしてその春、六本木のある女性から黒のラブラドールレトリーバー「サンポ」をもらい受け、2頭の犬と暮らしはじめる。 98年夏、近所の家から耕うん機をもらったことから耕うん機による日本縦断を思い 立ち、この内容を、ビーパルに「行きあたりばっ旅」として連載を続ける。 12月、山と渓谷社の「アウトドア」で「モノ見遊山研究所」という連載開始。送られてくる様々なアウトドアグッズをインプレッションした。2001年12月の休刊まで3年間継続。 |
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| 2000年 | 2月レトリーバーの専門誌「レトリーバー」で「シェルパ斉藤&ニホ、サンポ、バックパッカー流日本津々浦々」という連載が始まる。犬連れキャンプの講師の要請も増える。 2000年CS放送の企画で、「私とアウトドア犬」という30分番組を作成。今もCSのどこかのチャンネルで流れているらしい。 7月「ビーケーワン」というインターネットブックショッピングのサイトで「紙面 に書けなかった旅のこぼれ話」の連載が始まる。インターネットメディアの特性を生かし、誌上でできない旅の裏話をほぼ月刊で掲載。 |
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| 2001年 | 耕うん機の旅の前半をまとめた『耕うん機オンザロード』と『シェルパ斉藤無責任編集日本縦断オフィシャルガイド-愛を耕す東日本編』を出版。同時に本州最南端の佐多岬を、歩く旅人に開放することを目的とした『日本縦断連盟』を旗揚げし、会長就任。日本縦断中に、佐多町長などの地元の方々の協力を得て、最南端トレイルを位
置づけ、事実上佐多岬が歩く旅人に解放される至った。 11月小学館の「DIME」にて連載開始。週末ニッポン贅沢放浪案内「スローな旅で行こう」という連載開始。 テレビ嫌いだが、企画が面白いので「タモリ倶楽部」に出演。岡山にあった耕うん機を陸送し、タモリさん、松尾貴史さんとともに、東京の下町を耕うん機でツーリング。 |
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| 2002年 | 有人最南端の島、波照間島にて4年半に及ぶ耕うん機の日本縦断を終え、耕うん機は、島のある人に寄贈して帰る。個人的に世界7大トレイルを歩く旅を思いつき、ネパールを歩いたが、それが、ビーパルの「シェルパ斉藤の世界7大トレイルはしご旅」として連載が始まる。 黒のラブラドールレトリバーのサンポがお見合いをし、12月18日に出産。 |
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| 2003年 |
犬の子の育児に新境地を見いだす。ブラック3頭、イエロー4頭が成長し、イエローのトッポを除いて、3月に里子に出す。犬が3頭に増え、ますますにぎやかな生活スタイル、旅スタイルとなる。 |
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| 2004年 | ビーパルで新連載「シェルパ斉藤の旅の自由型」始まる。行き当たりばっ旅と同様に、気の赴くままのまさしく自由旅である。 4月エイ文庫 から『シェルパ斉藤のワンバーナー簡単クッキング』を出版。 7月新潮文庫から『犬連れバックパッカー』を出版。 7月エイ文庫から『ライフウィズドッグス』を出版。20册目 8月エイ出版 の「東京生活」で「シェルパ斉藤東京見便録」の連載が始まる。 |