一番下に、その19が新たに加わっています。



  
怖い話・その 1
怖い話・その 2
怖い話・その 3
怖い話・その 4
怖い話・その 5
怖い話・その 6
怖い話・その 7
怖い話・その 8
       
怖い話・その 9
怖い話・その10
怖い話・その11
怖い話・その12
怖い話・その13
怖い話・その14
怖い話・その15
怖い話・その16
      
怖い話・その17
怖い話・その18
     
怖い話・その19

怖い話・その 1 大杉の根本で、甲冑の音が聞こえる。
正慶寺の入り口の右側のところに、(歴史を語るものの所を見て下さい)南朝遺臣の墓があります。
そこを通って寺に入ろうとすると、ガヤガヤ声が聞こえたり、ガチャガチャ甲冑の音が聞こえたりするのです。
昔、そこで処刑された武士たちの怨念でしょうか。この音を聞いた人は何人もいます。でも、何かをされたという話は聞いたことはありません。


怖い話・その 2 夜になると、鈴の音の様なリーンリーンという音が聞こえ、寺の周りを回り歩く。

初夏、反対に真冬の夜に、どこからともなく、例の音が聞こえてくるのです。今も、以前にも、正慶寺には学生諸君が生活しています。
私共も、学生諸君も一緒にいる時に聞こえるのです。ある時などは、どこを通っているかがわかるものですから、一斉に飛び出して探したこともありました。
しかし、影も形も見えませんでした。一度や二度のことではありません。毎年、毎年、聞こえるのです。でもやはり、何もされたことはありません。


怖い話・その 3 真夜中に、子供の遊ぶ声が聞こえる。
真夜中に、前を流れる小川の方で、子供たちの楽しそうに遊ぶ、はしゃぎ声が聞こえるのです。もちろん、誰もいません。
探すのをあきらめて部屋にはいると、また、キャッキャッと声が聞こえるのです。何だかわかりません。どういう理由なのかもわかりません。
因縁を調べてみたこともあります。しかし、750年も経っているお寺のことです。過去に何があったとしても不思議はありません。あきらめました。


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怖い話・その 4 刀鍛冶の怨念を感ずる。
昔、この寺に、刀鍛冶、つまり、刀工が身を清めるために修行していたことがありました。
その人に、一人の弟子がいました。その弟子は、どうしても師匠の技が欲しくて、堅く禁じられていた、仕事場を覗くことを計画し、とうとう見てしまいました。
怒り心頭に発したその師匠は、その場で弟子を斬り殺し、自分も二度と刀が打てないように、自分の右手を切り落としたのだそうです。
やがて、その刀工は、仕事も出来ず、傷心のうちに世を去りました。その時に持っていた財産すべてを正慶寺に寄付したので、いまだに、その人の供養は欠かしません。


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怖い話・その 5 お婆さんの魂が飛んできた。
数年前の事です。夕方、近所のおばさんが、血相変えて飛び込んで来ました。「お上人様、大変です。今、火の玉が本堂の中へ入っていきました。」と、知らせてくれました。
ちょうどその光景を当山の裡(家内)も見ていたものですから、大騒ぎになりました。
しかし、本堂の中も異常ありませんでしたので、その場はそれで終わってしまいました。
ところが、間もなく、さっきまで元気で働いていた、檀家のある家のお婆さんが、今し方急に亡くなったという知らせが届いたのです。
家内と顔を見合わせて、「ゾッ」としました。そして、霊魂の存在を信じざるを得なくなりました。
そのお婆さんは、常日頃、私も死んだらあそこへ入るのだから、寺は大切にしなければ・・・、と言っていたそうです。


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怖い話・その 6 死霊は許さない・・・・。
御大黒様の、ある信者様のお悩みの相談に、家を新築したのだが、怖くて気味が悪くて、家の中で生活が出来ないから、何とかして欲しいというのがありました。
御大黒様の御前で一心にお経を上げてみました。(まったく御教示がない時もあれば、何らかの御教示が頂ける時もあるのですが)その時は、「骨」「火」が浮かびました。
骨と火と言えば火葬場です。しかし、その時の骨は、馬鹿でかい骨でしたが・・・。(後で調べてわかったことは街道筋にあった馬捨場のことでした。)とにかく、その方に「火葬場」で思い当たることを調べてくれるように依頼しました。
その結果、その土地で生まれた80歳をこえる年のおばあさんが、教えてくれたそうです。
「あんたの家の建っている所には、本当は沢が流れ込んでいたんだよ。それを堤防を作って宅地にしたんだ。その、沢の上流に、昔、今のような火葬場がなかった当時に死人を焼いたところがあるんだよ」と。
それを電話で聞いた時、それだ!と思いました。早速清めと供養するためにとんでいきました。
お婆さんに挨拶し、その場所を聞きました。でも、暗い顔をして言いました。「おそらくわかんねえと思うよ。何十年もつかっていねえからねぇ」
でも、諦めるわけにはいきません。その場所を絵物語に聞いて二人で出かけました。
必死に探しましたがわかりません。山の上からトボトボと下ってきましたら、あれっ!いつの間にかその場所に居たのです。
そこですぐに、お経を始めようとしました。ところが、手にしっかり握っているはずの木鉦(日蓮宗でお経のリズムをとるために打つもの)が、手から飛び出してしまうのです。何度も・・・・。それを見ていた例の信者さんは、顔面蒼白。
何とかお経を上げて供養して、山から下ってきましたら、お婆さんが待っていて「あんたら、どこまで行っていたの? 三時間も経っているんだよ」
私たちは、ほんの2〜30分ぐらいと思っていたのに・・・・。
その後は、今までのポルターガイストが嘘みたいに、安楽な日々が続いているそうです。


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怖い話・その 7 医者が見放した病人を、お札が救う?
これも、ある信者さんのご主人の例です。
そのご主人、ある日の夜、クモ膜下出血で倒れ、緊急入院しました。すぐに手当が始まりましたが、状態がひどく手の施しようがない状態だったそうです。
「誠にお気の毒ですが、生命の保証は出来ません」と言われてしまった奥さんは、すぐに当山に電話を下さいました。もうすでに夜半を過ぎていましたが、すぐに本堂で祈祷のお経を上げ、お札を作りました。
入魂を済ませたお札を速達で送りました。お札が着くと、奥さんはすぐにそれを掴んで病院へ駆けつけ、「お父さん、頑張るのよ、御大黒様のお札が届いたわよ!」と意識のないご主人に語りかけました。
昏睡状態が続き、生命が保たれているのが不思議だという状態だったご主人が、なんと、お札の方へ向き直って眼を開けたというのです。
それ以後は、ご想像の通り、奇跡が起こったのです。
現在は、元気に働いておられます。しかし、これは偶然の重なりかも知れません。でも、助けられたご本人は誰が何と言おうと「御大黒様のお力で救われた」と信じておられます。
以前にも増して、信じられるものが出来たおかげで、信念が持て、自信を持って暮らせるようになったとおっしゃっておられます。


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怖い話・その 8 御大黒様に叱られた?
これは、ある信者さんが、本堂で御大黒様にお詣りしていた時にあった事です。
その信者さんは、静岡県清水市に住んでおられる方ですが、御大黒様に命を救ってもらったとおっしゃっておいでです。
それ以来、ご自分が御大黒様の所へ行きたいと感じたら、いつでも、夜となく昼となく、時間も関係なくお詣りなさいます。約、一時間もかけて。
その日も、(その夜も)一人で真っ暗な本堂で、御大黒様とお話しなさっていたのだそうです。
しばらく時間が経って、さあ帰ろうかと思った時に、とんでもないことが起こりました。
突然、何かに頭を押さえつけられ、だんだん頭が畳に近づき、やがて、額が畳に摺り付いてしまったのだそうです。
驚きと恐怖で、声も出せず、必死にもがきましたが、頭が離れません。それどころか、畳の中に吸い込まれそうになったと話しておられました。
真っ青な顔をして、「お上人様、御大黒様に叱られてしまいました。自分の懺悔がまだ足りないのでしょうか・・・・」と消え入りそうな声で言われました。
私は、言いました。「・・さん、お喜びなさい。それは、叱られたんじゃなく、御大黒様と心が通じたんですよ」と。
すごく嬉しそうなお顔をなさって、ますます元気になられました。今も、気まぐれに?しょっちゅうお詣りに見えています。

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怖い話・その 9 御荒神様に助けられた・・・・・。
恥ずかしながら、当山であった事です。なぜ恥ずかしながらかと言いますと、「ボヤ」を出したことがあったのです。
日蓮宗では、お台所の護り神様として、普賢三宝大荒神を勧請し、台所に祀ります。
当山でも、台所の、ガスレンジの置き場の柱に祀ってあります。
今を去る、十年ぐらい前のある日のこと、当山で修行中の学生の一人が、天ぷら鍋に油を入れたまま火にかけ、忘れてしまったのです。
隣の人が、たまたま、お寺の方に目をやった時、台所のガラス窓が赤く光っていた。荒神様のお灯明にしては変だな、と思っていると、パッと火の手が上がりました。
「お寺が火事だ!」と、駆けつけてくれ、消火に当たってくださいました。
すでに柱は燃え、窓枠の上の方も燃えていたそうです。天井は焦げ、高いところのプラスティックの物はすべて熔けていたほどでした。
消火の後、ゾッとしたのは、天井の一部が欠け、火が天井裏も這っていたことです。消防の常識では、火が天井に入ったら手のつけようはないそうです。
後かたづけをして、改めて、「よかったー」と一同で長嘆息、しかし、その直後、もっとゾッとするようなことがあったのです。
真っ黒に燃えた、例の柱に勧請してあった「御荒神様」の祠が、何ともなく残っていたのです。いや、それだけではありません。その中に修めてある御札が、なんと、色も変わっていなかったのです。
火伏せの神様には違いありませんが、祀ってあった柱は炭のようになっていたのにもかかわらず、祠も、中の紙の御札さえも焦げてもいなかった事実は、不思議としか言いようがありません。

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怖い話・その10 人に取り憑いた悪霊が北海道から飛んできた。
私は戦後の生まれで、まだ若いです。僧侶の世界では、はな垂れ小僧です。
なぜ、いきなりこんな事を切り出したかと申しますと、私の宗教観でもあるのですが、宗教とは、霊魂とか超常現象とかの研究をし、その力で不可能を可能にするたぐいのものではない、という考えを持っています。
従って、凄まじいお力をお持ちで、実際に、数々の不思議な現象を見せてくださっている「御大黒様」をお護りしている私ですが、心のどこかでは、「偶然だったのではないか」という、疑いの気持ちが抜けきらないでいたのです。
ところが、こんな私の宗教観を覆すような体験を、つい最近してしまったのです。
北海道に、常日頃から、生き方についてご教示をいただいている女性の方がおいでになります。
病院を経営なさっておいでですが、「医を算術にしない」を実践なさっておいでになり、大変ご立派な御方です。
その方が、夜中に、「堪えきれなくなった」とおっしゃって、電話を下さいました。
『病院というのは、様々な霊魂がウヨウヨしているところなのよ。特に、うちでは身寄りのないお年寄りを引き取っているから、ここで亡くなって、無縁さんになっている人も多いのよ・・・・』
と、おっしゃり、「その内の誰かが来ているような気がするの。のしかかられて苦しくて・・・」と、初めて弱音を吐かれました。
早速、夜中の本堂へ行き、除霊の祈祷を行いました。
その時、とんでもないことがおきたのです。
  かたどうりの作法で読経に入りました。暫くした時、突然、両腕に異変が起きました。鳥肌が立って、皮膚から泡が出るような感覚になったのです。そして、その感覚が何度も繰り返しました。
そのうちに、後の方で何かが動くのです。見回しましたが、もちろん誰も居るはずもありません。何度か、そんなことを繰り返したとき、えっ・・・そんな馬鹿な!
大型のストーブが動いているのです。そして、確かに誰かが居るのです。読経中、ずっと続きました。でも、不思議なことに、恐くもありませんでしたし、何をされたわけでもありません。
成仏の為の回向をして、礼盤から降りました。真冬だというのに、絞れるくらいの汗が出ておりました。
次の朝、早速、電話を差し上げました。すると、『御上人、早速やてくれたのね、夕べの二時頃からスッと楽になったから、あァ抜けたなって思ったのよ』と元気な声でおっしゃいました。
まだ私には、こちらへ来たのが誰の霊魂なのかはわかりません。男の人みたい・・・ぐらいしか。

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怖い話・その11 お釈迦様が迎えてくださる?
その6でお話しした方のその後の出来事です。
その後、安心の日々を送っておられますが、先日お見えになり、「お上人様、実は不思議なことがあるんです。」「嫌なことではないので、ほってあるんですが・・・」と前置きして、次のようなお話をして下さいました。
どうしてもご両親の供養がしたいとおっしゃり、仏壇をお求めになりました。当山で開眼供養をして後、その、問題のご自宅へおさめました。
最初は気がつかなかったそうですが、どうも、仏壇の中がおかしいと思うようになったのだそうです。
曹洞宗の信徒の方ですので、仏壇の中央にお釈迦様が勧請してあります。よくよく見ると、その、お釈迦様の位置が変わっているような気がしてならないというのです。
まっすぐ前を向けて置いたはずのお釈迦様が、どうしても玄関の方を向いてしまう。ある日、実験をしてみたら、(少し、余計に反対側を向けておく)何と、やはり玄関の方を向いて、彼を迎えてくれるのだそうです。
そんな馬鹿な・・・・と、にわかには信じられませんでした。車の振動で、気のせいで、等々。でも、彼は真剣に訴えるのです。どう思います?

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怖い話・その12 そんな馬鹿な・・・・
その10でも申し上げたとおり、私の、「宗教」というものに対する考え方は、心の支えになるように、「信ずる」事は大切なことだけれども、それによって振り回されるのは、宗教の本意ではない、というものです。
これは、どのような体験をしようとも、いささかも変わるものではありません。
しかし、また、また、グラつくような出来事に遭遇しました。
動物を大変慈しみ、命あるものは「人」も「動物」も、「虫」でさえも同じであるとの考えのもとに生活なさっておられる方がおられます。
その方の、「犬」が、ある日突然、「おかしく」なり、今にも死にそうになってしまったのだそうです。
霊障だと、その方は、すぐに思ったそうです。
膝の上で、だんだん冷たくなっていく、どうしようもなくて、受話器を取ったとおっしゃっておられましたが、夜中の12時過ぎに電話が来ました。
「お願いだから、祈祷をして下さい、除霊をして下さい」と懇願され、ウーンと思いながらも、本堂へ行きました。そして、一心に祈りました。ワンちゃんの命が助かるようにと。
でも、それで治ったら、医者はいらねぇよな、とも思いながら・・・・・・。
30分ぐらいお経を上げたでしょうか、本堂から帰ってきましたら、まだ電話中でした。突然、家内が、「えっ、嘘ー」と叫びました。
冷たくなって、身体も固くなり始めていたのに、だんだん温かくなってきた、そして、顔を舐め始めたと言うのです。
  「うそー」です。
偶然にしても、出来すぎていると思いませんか?
次の日も電話があり、元通り元気になったということです。
その、飼い主の方は、「御上人様のおかげです」「お経の力はすごいですね」とおっしゃいます。
しかし、私には信じられないのです。私ごときもののお経でそんなことが起きるなんて。もしも、妙法経力で不可能が可能になる事があるとするなら、それは妙法蓮華経の力であり、私の力ではありません。
でも、念の力には不思議な力がありそうです。そのことについては又、書きます。

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怖い話・その13 念とは・・・。その不思議さ。
私の師父、つまり、当山の先代ですが、平成八年の正月二日に遷化(坊さんが亡くなること)いたしました。
九十歳でしたが、まだまだ元気で、百歳も夢ではないと、本人も周囲も思っておりましたが、残念なことに、怪我をしたのがきっかけで、肺炎を起こし他界いたしました。
平成八年の元旦の新年祝祷会の代役を勤め、無事終了したことを師匠に報告しました。
「何をしてきたのか、わかったもんじゃないわ・・・・」と、憎まれ口をきいていましたのに、その夜の夜半、容態の急変を告げられ、病院へ急ぎました。
師父はすでに、肺炎が重篤となり、酸素不足で意識がありませんでした。
「あと十五分ぐらいなら延ばせますよ、(生かせておけますよ)」とのお医者さんのお言葉でしたが、もとより、僧侶は生への執着はありませんので、延命処置をお断りしてありましたので、「結構です」とお答えいたしました。
急を聞いて、縁者は集まっていましたので、皆に見守られて静かに逝きました。
それだけなら、何と言うこともないのですが、私たち弟子一同、師匠にもしもの事ある時には、事情が許す限り、読経で送ろうと決めておりました。
かねてからの申し合わせ通り、もはやこれまでと、「自我偈」を静かに唱和いたしました。
そんなことは夢にも知らないお医者様は、びっくり仰天、「まだ早いですよ!」必死に言われました。事情を説明し、納得していただきました。
その時、感動的なことが起こったのです。
  いつしか、弱々しく間遠くなっていった心拍が、お経が始まったとたん、いつものリズムを取り戻していたのです。
最初に申し上げたとおり、意識はすでにありませんでしたので、聞いていたとは思えません。
しかし、確実に心拍に変化が起きたのです。そして、やがてお経が終わり、「ご苦労様でした、ゆっくりお休み下さい」と申し上げて、お題目を三遍繰り返し、お別れを終わったとたん、ピーという音が聞こえたのです。
その音は、紛れもなく、心臓が停止した音だったのです。
意識のない人が、我々がお経を読んでいる間聞いていて、回向が終わると同時に息を引き取るなどということが実際にあるなんて不思議でした。
念の力でしょうか。念とは何なんでしょうか。

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怖い話・その14 念とは・・・。その不思議さ。その2
私自身が体験した不思議な出来事です。
今を去る、三十数年前の事。まだ、花の大学生であった昭和四十一年一月十九日、大学は後期試験の真っ最中でした。
試験の最中だというのに、悪友に誘われ(向こうもそう言っていると思いますが)新宿へ遊びに行きました。
夕闇が迫り、ネオンがケバケバしさを増して来る、5時半頃、唐突に「俺、田舎へ帰ってくるわ・・・・」友人はびっくり。「えっ、だってお前、おととい出てきたばっかりじゃないか」「それに、いま、どういう時期かわかってるのか」(新宿に遊びに来ていて・・・・)
友人の止めるのも聞かず、自分にも訳がわからず、ただ、何かに引っ張られるように発車寸前の急行電車に飛び乗ったのです。
当時のことです、やっとの事で身延線の最終に間に合って、身延駅にたどり着きました。途中までしか行かないバスに乗り、そこから迎えをたのもうと電話を借りにある家を訪ねました。
「あれっ、よく早く帰ってこられましたね」と、そこのおばさんが言いました。「えっ」と言いながらも、自坊に電話しましたら、親父はかんかんに怒って、「馬鹿者、どこをうろついていたんだ!」
何が何だかわかりません。その当時は、私たちは、当山ではなく、そばの、違うお寺に住んでしました。「正慶寺の御前様が亡くなったっから帰ってきたんじゃないんですか?」と聞かれて、「・・・・・・・・」となってしまいました。
私は、その時亡くなった、先々代の弟子になっていたのです。そして、現在の私があるのは、その当時、並み居る高弟をさしおいて、今際の際に「英昭を(私の事)後継にする」との遺言をされたからでした。
そんな事は知る由もありません。しかも、先々代が息を引き取られたのが、私が急に「帰る」と言いだして友人を困惑させた、あの時間だったのです。
なぜ私を?あの時なぜ急に帰りたくなったのか、現在の私の立場はその時に決まっていた?
運命というものはあるのでしょうか。私にもわかりません。

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怖い話・その15 運命というものの不思議さ。
もう、二十年も前のことになるでしょうか。瀬戸大橋を見るために旅行をしました。
高松に泊まることになっていたものですから、高松市内のホテルで食事を済ませ、夜の高松の探訪に出かけました。
しかし、何もありません。本当に何もありません。暗い町をトボトボ・・・・。フッと見ると、易者の人が何人か座っているのが目に留まりました。
「運勢でも見てもらって寝るか」と、やけくそである易者の前に座りました。
すると、私の顔をじっと見て、「貴方はとてつもなく強い力で護られています。」「逆らわない方がいいですよ」「五十歳になるまでは働けない運命です。」「船頭は二人要らないと出ています。」
このように言いました。
実は、どれも『当たって』いたのです。
最初の、強い力で護られて・・・云々は、私は、今までに何度も普通なら生きてはいられないような目に遭っています。しかし、「アンビリーバブル」な出来事が起きて、助かり、現在があります。
また、寺の息子が寺をおん出て、結局は出戻ってしまった事も、操られているとしか思えない道筋があるのです。
二番目の、五十歳になるまでは・・についても、師匠が突然亡くなって、否応なく寺へ入ることになってしまったのが、私がちょうど五十歳になった歳だったのです。それを言い当てていたのでしょうか。不思議です。
三番目の、船頭が二人要らない・・・とは、先代は、鋭い感応を持っており、不思議なくらい言い当てました。見える筈のないものが見えたのです。ところが、私にはまったく見えませんでした。
ところが、先代が亡くなり、私が住職になったとたん、見え方は先代とは違いますが、見えるようになって来たのです。まだまだ序の口ですが、やっと自信らしいものが出てきました。
嫌だいやだと逃げ回っていたのに、寺で生活するように仕組まれていたのかな?運命の不思議さを感じます。

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怖い話・その16 幽霊
遠いところを、大変でしたね・・・。
このコラムの、その10でも紹介した、北海道の方が、夜中の11:30頃、電話をかけてみえて、「お上人、助けて、霊障で苦しくてこのままでは死にそうだから・・・」と、電話口のむこうで息も絶え絶えに言いました。
これは大変、と、早速本堂へ行って言われるままに読経を始めました。
確かに人の気配がします。誰かが居るのです。そんなはずはない。夜中だぞ・・・・・、お経を上げながら、周りを見回しました。
えっ!うそ〜! 左後ろの柱に寄りかかり、こっちを見ている女の人がいるのです。白い地に青い模様の入った着物を着て、首を右に傾け、左足を前に組んで・・・・。(幽霊に足がないというのは嘘だな・・など、訳の分からない事を考えていましたが)
ゾッ!!として、一心に読経しました。でも、不思議と今回も、怖いとは思いませんでした。回向をして、お経を終わり、振り向くと、もう、そこには誰もいませんでした。
顔かたちも、髪の毛のスタイルも、背の高さも、そっくり覚えました。
居間へ戻ると、家内がまだその女性と話しておりました。受話器を奪い取ると、「・・・・の、女の人が本堂にみえましたが・・・」と申しますと、「やっぱりね・・」と言われ、沈黙が続きました。
よく聞いてみると、本堂にみえたその女性は、電話口の方のお母様だそうです。そして、私が見た、白地に青の模様の着物は、大変好きだった着物で、亡くなったときに棺桶の中に入れて送った物だそうです。また、首を右に傾ける癖があり、「あのね、」と話し始めるときには必ずそうしたということです。
今年の夏、たまたま用事が出来て、北海道のその方の所へ出向くことになり、その方の菩提寺に御挨拶にお邪魔いたしました。本堂で、仏壇に何枚かの写真が並んでいましたが、その中の一枚に眼が釘づけになりました。
そうです、その写真の方が見えたのです、当山の本堂へ・・・・・・。
20年以上も前に、北海道などと縁もゆかりもないときの事ですので、私がその方を知っているわけはありません。
不思議な出来事です。実に不思議です。宗教とはそういう類のことばかりを扱うものではない!と常に思っている私も、こういうこともあるんだな、と思わざるを得ない出来事でした。


怖い話・その17 アンビリーバブル bP
テレビ番組に、「世にも不思議な物語」「あなたの知らない世界」等があります。
これからお話しすることは、多分、「作り話だろう」と言われることを予想しながら敢えて、こんな事もあり得るんだよ、と、ご紹介いたします。
家内に、「H.Pに載せてみようかね」と申しましたら、「やめた方が良いですよ、どうせ信じてなんかもらえっこないですから・・・・」と言っておりましたが・・・。
今から十年ほど前、僧侶を続けるか否かで心が揺れていたときの事です。
勤め先からの帰宅の途上、エス字カーブにさしかかりました。坂の下から2トンダンプがカーブを省略して(ショートカット)私の通るべき車線を上ってきたのです。
ところが、私に気づいて自分の車線に戻る「だろう」とたかをくくっていたのですが、そのまま突っ込んできたのです。
慌てて急ブレーキを踏みました。タイヤが軋んで滑っているのがわかりました。しかし、なお、ダンプはそのまま突っ込んで来ます。
「あぁ、当たる!」と、腕を突っ張って身構え、目を瞑りました。
その瞬間、パッと明るくなった?霧が出た?白くなった?・・・・?とにかく一瞬の出来事で、今でもどうだったのか説明できません。
数瞬後、気がついて、「ああ、死ぬというのは割と楽なものなんだな・・・」と、ぼんやりしておりました。すると、下の方から車が走ってきて、「こんな所で何してるんだ、危ないじゃないか」と言わんばかりに睨みつけて通り過ぎました。
えっ、あれっ、どうなったんだ?と車外に出て驚きました。そのトラックは、私の車の真後ろ、僅か手のひらが入る程の隙間を空けて止まっていたのです。
よほど運転が上手な人でも、一度バックしなければ不可能な状態でした。
トラックの運転手に、「おい、なにやってんだよ」と怒鳴りつけましたら、蒼白な顔で、ブツブツ呟いているだけでした。「車が下に潜り込んだ」と。
停止後の双方の車の位置といい、下に潜り込んだという、運転手の言葉といい、トラックを通り抜けたとしか思えないのです。
十年以上経った今でも、私の車が乗って傾いた縁石が残っています。

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怖い話・その18 アンビリーバブル bQ
何の声?
これも帰宅途中の出来事です。
ある日、帰宅を急いでいましたら、前をのろのろ(失礼)走っている車に追いつきました。
当地の道路は、渋滞という言葉は無縁の、貸し切りの自分だけの道路のように走れるのです。そこを、「必要以上に?」ゆっくり走られたら、多少イライラします、誰でも。
追い越さなくては、とぴったりくっついて、チャンスをうかがっておりました。
やっとのことで、直線道路にさしかかり、今だ、とばかり、アクセルを踏み込んだ瞬間、大音声で、「・・・」(何と言われたのかわかりません)とにかく、禁止の命令が聞こえたです。
ん?と思っているうちに、その車は遠ざかり、再び後を追うことになりました。
「・・・・・」と言う状態のまま、しばらく走っていると、突然、ブレーキランプがつき、前の、例の車が急停止しました。
近づいていくと、対向車とぶつかっているのです。どうしたの?と訪ねると、二人とも「何だかわけがわからん」と繰り返します。
そこは、いわく付きの場所で、むかし、死人を捨てただとか、罪人を殺した場所だとか言われているところです。そこでは、今までも訳の分からない事故がたびたびおきているのです。
もし、予定通り追い越していたら、私がぶつかっていたことになります。
誰かに助けてもらったのでしょうか。それは誰なのでしょうか。

怖い話・その19 幽体離脱・・・・。

闘病平癒の祈願を依頼された方がおられましたが、皆の願いもむなしく、他界されてしまいました。
その方の御最後の時の事です。
癌だったために、意識は最後まではっきりしておられたようです。それが、周囲の者を余計に心配させる結果になってしまいました。
強烈な痛みに耐え、なんとか平常心を保とうと努力なされた由を伺い、涙いたしました。
医師から、いよいよ御最後です、と告げられ、せめて安らかな顔で、という願いを持たれた縁者の方々の願いもむなしく、いよいよ痛みが激しく、もがくようになっていきました。
そこで、姉に当たられる方が、電話を下さいました。「御上人様、妹のために祈ってやって下さい、お願いします」
すぐに本堂へ行き、懸命に祈りました。
確かに誰かがいます。私の背後で動き回っているのです。後ろを振り向きましたがもちろん誰もいませんでした。
居間に帰って、家内に言いました。「確かに来ていたよ」と。
御葬儀が終わり、しばらくして御挨拶にお見えになられた時、こんなお話をして下さいました。
「御上人様にお電話してからすぐに、不思議な事があったんです。」「あれほど騒いでいた妹が、急に、本当に急に静かになったんです。」
「私達は、スヤスヤ眠っている妹を見て、正慶寺に行ってるね、と顔を見合わせました。」
「こういうのを、幽体離脱と言うんだろうね・・・・・・」


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