kitamura

小冊子の内容概略

1.『風の三郎神社「風の三郎信仰」』A5x21頁
北巨摩郡高根町樫山にある「風の三郎」石祠、隣村平沢の風の通り路にある石祠、日本各地の「風の三郎信仰」と「風にまつわる話」を書いている。

2.『信玄公の名が消えた「三分一湧水の謎」』A5x13頁
昔の人が考え出した分水方法、三角柱は昭和22年に置かれたことなど三分一湧水に関する本当の歴史を紹介している。

3.『棒道と観音さま』A5x28頁
大芦から甲六川まで置かれている観音像40体の紹介、その中には著者が4体を探し出して特定したもの、紛失しているが写真が残っている2体。また、棒道に設置の全案内板の文面を紹介し地元の教育委員会のものとそうでないものとの違いを紹介している。

4.『二つあった八ヶ嶽「八ヶ岳のいわれ」』A5x23頁
八ヶ岳の八つの山はどの山か?と議論する以前の呼び方を、古い歴史をたどって解説している。

5.『小海線始発駅「カーブした線路」』A5x25頁
小海線の乗換駅、小淵沢駅を発車してすぐに線路がカーブしている理由を、標高差と勾配率を計算し、当時の新聞記事も交えて、小川平吉代議士とのかかわりをフィクションで書いている。

6.『富士見町の三十三観音さま』A5x21頁
諏訪郡富士見町の乙事、小六、葛窪の三集落の西国三十三札所を模した全観音像を調査した記録である。葛窪の西国三十三観音像でははじめて造年を探し出している。
7.『100mごと「権現岳へ翔る石柱』A5x17頁
昭和15年坂本増次郎が発起人となって静岡県側海抜100mの身延万沢郵便局前から山梨県甲府を経て甲斐大泉駅を通り天女山、三ツ頭、権現岳2786mまで海抜100mごとに置かれた石柱を追って山中を探し歩き、刻まれた教育勅語にも触れている。
8.『八ヶ岳山・麓の「八嶽神社と赤嶽神社」』A5x23頁
八ヶ岳の最高峰赤岳にある赤嶽神社、権現岳の檜峰神社を初め、八ヶ岳神社、赤岳神社と刻まれた石碑を求めて下諏訪町から高根町に至る山麓を探し歩いた記録である。

9.『鉢巻道路沿いの史蹟』A5x17頁
甲六川から立場川間の権現岳、西岳山麓の鉢巻道路沿いにある盃ながしなどの史蹟と「しかのみち遊歩道」、見えなくなってしまった観音像の写真なども紹介している

10.『諏訪明神と国常立神「御射山祭りの疑問」』A5x23頁
毎年8月26日、27日両日に行われる諏訪神社上社の「御射山祭り」で、諏訪明神と日本神話の最初の神さま国常立神との関係を書いている。

11.『葛窪・小六・烏帽子・高森「王崎神社の由来と境筋の酒作り」』A5x23頁
国内にはこの地域だけにある「王崎神社」の由来を求め、古文書から佐伯家の足跡をたどる。また、この地にあった酒の神さま「松尾神社」と杜氏のかかわりを紹介している。

12.『権現岳と山麓の雷神』A5x11頁
権現岳に祀られる石祠の祭神「八雷神」から、山麓に祀られている雷神を求めて歩き探し出した記録である。

13.『八ヶ岳の森・遊歩道案内』A5x20頁
平成14年5月に全線が開通した観音平から美ノ森までの遊歩道を著者の目で見たマップ付きで紹介している。

14.15.16.『八ヶ岳南麓の湧水と水神』(一)A5x25頁、(二)A5x25頁、(三)A5x21頁、(四)A5x23頁、(五)A5x21頁、(六)A5x19頁
八ヶ岳南麓の湧水と水神さま、100ヶ所を写真とマップ入りで紹介している。

17.『青芋さまと中風平癒』A5x19頁
青芋(青麻神社)が何故「中風の神さま」として信仰されたのか、全国の青麻神社の由来から推理した、めずらし冊子。

18.『富士見町・乙事の八嶽権現講』A5x13頁
八ヶ岳の山岳信仰で唯一残っている富士見町乙事「八嶽権現講」の歴史と道筋」、信心の様子を紹介している。

19.『西井出登山道と谷戸登山道』A5x25頁
今は地図にも載っていない権現岳への登山道(廃道)をたどり、参道の証となる石神仏を探し出した記録である。

20.『北巨摩と諏訪からの三峯神社詣り』A5x11頁
江戸時代に三峯神社代参のため通った十文字峠に残る元治元年(1864)の通行人記録帳の中から、北巨摩郡と諏訪郡村々の代参人記録を書き出して紹介している。

追加冊子
21.『八ヶ岳の石神仏と境筋のかかわり』

22.『権現岳への参道(小荒間編)』A5x27頁

23.『権現岳への参道(小淵澤編』A5x27頁

24.『棒道シリーズ(三部作)棒道と石仏』

25.『棒道シリーズ(三部作)観音造立の挫折、なぜ十六番で終わったか』

26.『棒道シリーズ(三部作)棒道の古道説』

27.『葛窪の史蹟めぐり』


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