タイキジャンヌ引退
                                   

タイキジャンヌの引退通知が届きました。
通知の内容は以下の通りです。

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 愛馬タイキジャンヌ号は、大樹トレーニングセンターでの育成段階において、早くからその素質の高さを買われ、クラシック出走という高い期待を背負い、平成12年6月13日に産地馬体検査及び馬名登録を行いました。入厩へ向け、更なる調教のペースアップを図るため、7月20日に門別のファンタストクラブへ移動。環境の変化から体調面が一息になったり、9月に左前球節裏がモヤつくなど、思うように調整が進まない時期もありましたが、徐々にペースアップを図り、11月下旬に美浦近郊のサーストン牧場へ移動。その後、順調に調整は進み、平成13年1月24日に美浦トレセンへ入厩しました。坂路調教では抜群の動きを披露し、2月中旬にゲート試験に合格。本格的な調整を開始した2月下旬に、馬房内で右前脚をぶつけ、軽い外傷を負うアクシデントに見舞われ、一旦はペースダウンを余儀なくされるも、その後は順調に回復し、平成13年3月24日、中山3歳未出走(ダ1800m)にて、待望のデビューを迎えました。レースでは、やや出遅れ気味のスタートから、向正面で外目に持ち出し馬なりのまま進出すると、直線でも力強く伸び、8馬身差の圧勝。手綱を取った蛯名正義騎手も「ここでは力が違いましたね」と絶賛。そして初戦の内容からも、期待された4月15日の2戦目は、2コーナー手前で行きっぷりが悪くなり、結果16着での入線。レース後、ソエ気味だったことから、4月18日にサーストン牧場へ移動し、立て直しを図ることとなりました。その後、8月22日に一旦美浦トレセンへ帰厩したものの、体調が芳しくないため、すぐにオークヒルファームへ移動。ジックリと調整をした後、平成14年3月29日に美浦トレセンへ帰厩しました。体質的な弱さのせいか、蕁麻疹が出て、思うように調教のピッチが上がらない時期もありましたが、5月26日のレースで復帰。初めての芝のレースのせいか、直線でフラフラする場面もあり、結果13着での入線。引き続き、6月、7月、8月にそれぞれ1戦ずつしましたが、11着、7着、13着と思うような結果が出ず、8月7日にサーストン牧場へ移動し、リフレッシュを図ることになりました。その後、11月1日に美浦トレセンへ帰厩し、12月1日に出走するも、結果11着での入線。続く、12月15日のレースではブリンカーを装着し、変わり身に期待されましたが、結果9着と敗れ、3戦連続で8着以内を得なかったことにより、1ヶ月の出走制限を課せられ、今日に至っています。
 このような現状を踏まえ、今後の進退について田中清隆調教師および関係者と慎重に協議を行った結果、近走のレースに進展が見られないことや、本馬の血統面から、繁殖牝馬としての資質も高く、これ以上の続戦は相応しくないとの結論にいたり、誠に残念ながら平成14年12月20日を以って競走馬登録を抹消し、正式に中央競馬現役を引退することとなりました。

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 最後に本馬は、今後、大樹ファームへ移動し、繁殖牝馬として第二の生活を送ることとなりました。本馬への長期に亘るご支援、ご声援を頂き誠にありがたく、この場をお借りいたしまして改めて御礼申し上げます。

以上、大樹レーシングクラブからの引退通知の内容です。

 タイキジャンヌは、牧場で見て気に入って出資した馬でした。そして、2歳の夏にも牧場まで会いに行きました。とても綺麗な栗毛で、しかも良血のお嬢さんでした。待ちに待ったデビュー戦では1番人気に応えて8馬身差の圧勝。続く2戦目は、2番人気でシンガリ負け。どちらのレースも中山競馬場で観戦しましたが、忘れられないレースです。結局、ダービーデー(タニノギムレット)の3戦目と中京での7戦目、合わせて4回ジャンヌのレースを生で応援する事ができました。わたしにとって、1口馬主初勝利をプレゼントしてくれたジャンヌには本当に感謝しています。
 ジャンヌの引退レースとなった日は、兄のアドマイヤコジーンも香港で引退レースを迎えました。この兄妹のこれからの種牡馬、繁殖牝馬生活が順調であることを願ってやみません。いつの日か、ジャンヌの仔に出資することができるよう、頑張って大樹レーシングクラブを続けたいです。(不安ですが…)
 最後に、応援していただいた方々、本当にありがとうございました。