三浦光宏
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三浦光宏 平成4年 山梨県厚生連文集 「清流に掲載」
私の出身校は、東京農業大学農学部農学科です。研究室は園芸学研究室で、卒論のテーマは「葡萄デラウエア種に関する燐酸の葉面散布について」というものでした。我が家の葡萄園を試験圃場として何本かの葡萄別に試験区をつくり、濃度の違う燐酸を散布回数を変えたりして葉面散布を行い、土壌分析、生育調査、葉分析、果汁分析を行いその変化を見ようとしたものでした。友人たちは、稲作、柑橘、葡萄別に土壌分析、葉分析、果汁分析のグループに分かれ、それぞれ専門的に取り組みましたが、私は欲張って、その全部にチャレンジしました。
今ほど測定器が発達していない時代でしたから、土壌分析は、土のサンプルを高熱炉で焼き、それを硫酸で長時間煮沸して無機化した後、成分を蒸留抽出して、それを酸性とアルカリ性の一規定の溶液で分析するという、もっとも基礎的なものでした。
この規定液は、酢酸とコンク(濃度の濃い)アンモニア溶液を用いて作ります。また、分析には苛性ソーダや青酸カリ等も用います。青酸カリの溶液をピペットで吸ったこともありますが、今考えると、その管理も扱い方法も当時は学生任せのところもあり恐ろしくなります。 研究室の教授から、毎年一人は実験中爆発を起こすので、気をつけるようにと言われていました。
ある時私は、苛性ソーダを三角フラスコに入れ撹拌しながら、アンモニア溶液を作っていたんですが、一度にたくさん入れすぎたためソーダが沈殿し、下に厚い層を作ってしまったので、加熱したらとガスバーナーにかけました。すると、いい調子に解け始めていたんですが、そのうち「ドカーン!!」 研究室はアンモニアの臭いが充満、机の上もアンモニアが飛散して、すごい見幕になってしまいました。そばにいた友人はもう少しで全身に被り、大火傷するところでした。
私は蒼くなり呆然としていると、研究室の教授は慣れたもので、何事もなかったように化学者らしく酢酸のボトルを数本持ちだし、部屋中にまき散らして中和を始めました。その後、園研の学生全員で、モップで掃除、記念すべく伝統を守った私でした。
燐酸の葉面散布の効果は顕著には現れませんでしたが、土壌分析の結果、我が家の葡萄園は勿論、山梨県の葡萄園は隣酸肥料が多肥されていて、PHが7以上もある弱アルカリ性で、今後10年間は燐酸肥料を施肥する必要がないこと。リービッヒの桶樽の原則の如く隣酸多肥のため拮抗作用が働き、微量要素のマンガンやカルシューム不足を来しており、土壌改善しなければならないことが判明しました。
当時から県の農業研究会のメンバーだった父はこれに興味を持ち、農大の川上先生を山梨に招き、農業試験場や県農務部がこれを取り上げる中で、山梨県の土づくり運動のきっかけをつくりました。
その後、圃場に有機質や土壌改良剤の苦土石灰などの施肥運動が始まり、山梨の「甘いおいしい葡萄づくりに」発展しました。今から20数年前の昔の話です。(注:現在から30数年前になります。)
さて、PH7が中性で、数字が大きくなる毎にアルカリが強くなり、逆に数字が小さくなる毎に酸度が増すことは、みなさんご承知の通りです。 実は、このPH、酸とアルカリは、生物の勉強をする中で実に面白い現象を見せてくれます。おそらくは、生命の誕生にも関わりは深いと思われます。
動物は、食物を食べるとき、まず、前歯でちぎり、奥歯でかみ砕きながら、唾液と撹拌します。そして食道を通り胃へと送られますが、胃は強い酸性の塩酸やタンパク質の消化酵素であるペプシンを出します。ペプシンによりタンパク質はアミノ酸に分解され、食物は胃から十二指腸を通り小腸へと移動しますが、十二指腸からはアルカリの分泌液が出されます。ここからはアルカリ性です。 膵液の中には蛋白質を分解するトリプシンや炭水化物を分解するアミラーゼ、脂肪を分解するリパーゼが分泌されます。このように、動物の内臓は、化学工場では何百度という高い温度でしか処理できない化学合成や科学分解を消化酵素という触媒を用いながら、僅か40度足らずの温度で処理してしまう、驚くほど高度の神秘的メカニックを持っておりますが、そこでも酸とアルカリが密接に関係しているのです。
今では、科学の進歩により、動物の世界では雌雄の産み分けは勿論、バイオテクロノジーによりコピー牛まで出現する世の中ですが、昔、酪農農家では面白い工夫をしておりました。私たちが毎日飲む牛乳、その量は大変なものです。当たり前のことですがこれを生産するのは妊娠して出産した牛で、牛乳は仔牛に飲ませるための食料なのです。雌(メス)牛でしかも出産した牛がたくさんいなければ、実は人間が牛乳を飲めないんです。
品種改良の結果、乳をたくさん出すホルスタイン種が造られました。雄(オス)牛は良い種牛が数頭いれば充分で、現在は人工授精が主流です。しかし、雌(メス)牛が尊くその価格が高いのは今も昔も変わりません。雌牛を産出するため雌牛の飼料の中になんと石灰を混ぜて成功した農家もいます。雌の体をアルカリ性に保つと、雌が生まれる確率が高まるというのです。
人間の世界にも同じような話があります。それは、動物性食物と、植物性食物の食べ分けをすることにより、男女を産み分けようというものです。そんな書物も出版されました。しかし、現在では、試験管の中ですが、精子にPHの異なる液体を混合することで、一液を加えれば男の染色体であるXYの遺伝子を持つ精子の動きが止まり、二液を加えれば逆にXY遺伝子を持つ精子の動きが活発になり、女の遺伝子を持つXXの遺伝子を持つ精子の動きが止まるというもので、この薬はすでに英国で開発されているという新聞記事を読んだことがあります。 ただし、「男女の比率」が変わり、人間の生態系が狂うので、第1子は自然に生みましょう。」という生物学者のコメント付きでした。
今では男女の産み分けなどという次元に止まらず、染色体のどの部分が欠如あるいは変形している人は、乳ガンとか大腸ガンになりやすいとかいう研究が進み、将来は遺伝子操作によりガン対策もさらに進むと思われます。メンデルの遺伝の法則から発展してきた遺伝育種学も、現在は遺伝子操作や、核移植による新分野の研究が進められています。生物体の最も原始的な自然界の科学を応用したPHの神秘の世界から、遺伝子工学の全く人工的な生物生体の操作まで、これからその論理を踏まえた中で医学への貢献を望みたいものです。
先日、テレビで三夜連続した「不思議な小さい水シリーズ」として、食中毒編・医療編・農業応用編がありました。食塩を少々加えた水を電気分解してPH2.7以下の酸性イオン水をつくります。PH2.7以下では細菌が住めない環境になりますが、この酸度の強い電気分解水をつくることができる電極の開発に成功したというのです。食中毒編では、結婚式などをする大型ホテルでこの酸性水を使い、まな板や魚・肉などをジャブジャブ洗い、細菌を洗い流してしまいます。医療編では、酸性イオン水で水虫や床ズレ、交通事故後の感染症等の治療をします。抗生物質など一切使いませんので耐性菌のでる心配はありません。 電気分解で同時に出るアルカリイオン水をおむつなどしている老人が飲用すると、糞便の臭いが消え、さらに糖尿病やアトピーが治ってしまったいう事例も紹介されました。農業応用編では、今までゴルフ場の芝に多量の農薬散布をしておりましたが、酸性イオン水の散布により、農薬は使わなくても芝に発生する病気を予防でき、さらにビニールハウスで胡瓜づくりの農家では、酸性イオン水の散布により、無農薬栽培も可能になったというものでした。
酸性が強いので心配になりますが、土や病原菌に触れると電解水ゆえ、ただの水に戻り安心です。テレビの報道に加えて近所の方が販売代理店を経営していたことから、酸性水を20リットルばかりいただき、露地栽培の胡瓜のうどん粉病に散布実験をしました。すばらしい効果でした。こうしたPHの神秘に、ますます魅せられている私ですが、遺伝子工学や、PHの神秘の解明を含めた医学の発達により、不治の病に冒されている人々が一日も早く回復することを祈っているこのごろです。
(参考)この酸性液を使った胃内視鏡の消毒や治療が実用化され、現代では家庭用の簡易な電解液を作る器具が販売されています。