上の俳句は、拙僧の師父であり、先代住職の作によるものです。
文永11年5月14日に、当地をお通りになられた大聖人が、長旅の疲れから、身延へ指呼の地である当地で大石に腰かけられ御休息になられました。
ちょうどその時、当地の住人、庄左右衛門夫妻が、農作業の道すがら、大きな石の上でお休みになられていた大聖人にお会いになりました。
長旅のやつれから、粗衣ではありましたが、凡庸ではないお姿に心打たれた夫妻は、持参していた粟飯のご供養を申し出られました。
粗末な粟飯ではありましたが、大聖人は快くそれをお受けになられ、それ以後、親交を結ばれました。
さて、粟飯を召し上がった後、大聖人は、小川で手を濯がれました。その時、手についていた黄色い粟の粒が流れて、寺の前を流れていた小川に住んでいた河鹿または鰍(カジカ)の頭にくっつきました。
拙僧は、当地で生まれましたが、子供の頃は確かにこの魚がいたのを見ています。今から50年も前の話ですが・・・・。
カジカは、川底に住む川虫を食べています。台所で洗剤を多量に使うようになってから、川虫が死に絶え、やがてカジカもいなくなってしましました。
その当時は、「天然記念物」にも指定され、正慶寺の上下流100Mは禁漁区になっていたくらいですから、生息していたことは間違いありません。
この句が良い句なのかどうかは、浅学の拙僧にはわかりませんが、
750年前の状況が浮かんでは来ますね。
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