今を去ること、約、660年の昔、朝廷が南北に分裂して争っていた頃、
足利尊氏の時代に、後醍醐天皇が建武の中興を行ったのが「建武」という年号の時でした。
「建武」というのは、南朝方の年号で、ちょうどその頃の北朝方の年号が、「正慶」でした。その、正慶元年に、妙了日佛尼の息子さん(第二世、中道院日了上人)が、父母の菩提を供養するため寺を建立しました。
その、建立の年号に因み、「正慶寺」と名付けたと言い伝えられております。
また、「粟(あわ)」の飯をお召し上がりになるために、日蓮大聖人がお座りになられた、大きな石に因み、大石山と号しております。


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正慶寺付近の名所旧跡

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