文永11年に、当地の地頭、南部実長公の招きにより、鎌倉から身延に向かわれる途中、
最後の一泊を南部で過ごされた大聖人は、次の日に、身延山を目の前にした当地を通りかかりました。
たまたま、その時に当地の住人「庄左衛門・カツ」夫妻が通りかかり、大聖人とお会いになったのです。
その当時、当地では、これしか作れなかったのですが、「粟」を炊いた、彼れらの昼食(粟飯)を差し出しました。
鎌倉では米の食事をなさっていた大聖人も、その粗末な「粟飯」に、百姓夫妻の御供養の心根を感じられ、その場で「大きな石に腰掛けて」食されました。
その故事から、粟飯寺とも呼ばれるわけです。
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場所は?
昔の話をすれば
粟飯?
お大黒様?
大聖人が腰掛けられた大石
歴史を語るもの・・・
住職は?
正慶寺付近の名所旧跡
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